2つの仕事

私の仕事は大きく分けて2つあります。ひとつは「音楽」をつくること。そしてもうひとつは「音」をつくることです。1995年に舞台音楽をきっかけにしてキャリアをスタートさせて以来、様々な条件や環境下の中で数多くのコンテンツを制作してきました。どの分野においても限られた時間や予算の中で音楽や音を通じて最善の結果を導かなくてはいけません。特に音楽や音はワークフローの中で一番最後に託される事が多く、その責任は重大です。せっかくの舞台や映像や展覧会も音のせいで台無しになってしまっては意味がありません。そういった厳しい環境のクライアントワークに取り組むのと平行してオリジナルの作品作り、情報収集、研究活動などをしながら、どのような案件にも即座に対応出来る準備を日々進めています。


 
 

2011年完成間近のスカイツリー 天望回廊

 

嫌じゃない音をつくる

例えば東京スカイツリーの「天望回廊」ではスカイツリー周辺の気象データなどをトリガーに音楽が日々自動で生成されるプログラムを納めています。これは作曲家でプログラマーの松本祐一さんとの共同作業によって2011年に完成し、今現在(2016年5月当時)も常設の設備として稼働中です。ここではコンピュータによって作られた音の素材は勿論、ハープ、フルート、チェロ、ヴァイオリン、ピアノなど生楽器を1音1音録音し、それらを「元素」としてプログラムに組み込んでいます。音楽というものは作曲技法的にもエンジニアリング的にも作られていく「プロセス」や「技術」は非常に重要ではあるものの、やはりこうした条件下では最終的な「耳触り」が最も重要だと捉えています。スカイツリーのプロジェクトでは私が考案した基本の「ルール」に乗っ取って時間、季節、天候、風速、湿度、月齢などに沿った音楽や効果音が自立的に、かつ音楽的(正確には西洋音楽的)に破綻しないように生成される仕組みになっています。しかしながらそもそもは曇りや雨天時に景色を見られないお客様のために聴覚で少しでもおもてなししたいというクライアントからのご要望でしたので、天候が良くなるにつれて音が減っていく(晴れの日は音がほとんどない)というプログラミングがされています。そして先ほどの「耳触り」にも通じるお話ですが、とりわけ建築空間の音において重要なのは音の存在感の調整と他の要素(照明や映像など)とのバランスの取り方、そして企画全体への理解とそれにリンクした明確な音演出プランを持つ事です。そして私の中ではクライアントから「気にならない」と言われたら成功で、誰が聞いても「嫌じゃない」音に到達するのが最終地点だと決めています。しかしながらその答えはいつも現場にしかなく、毎回発生する問題の種類や性質は現場によって常に変化します。また設備の面でも様々なケアが必要です。スカイツリーのような常設環境下では極力故障が少ない音響システムの設計が必要ですし、ミラノサローネのような期間限定の現場では出来るだけメンテナンスを必要としない設備にして、会場の運営スタッフの負担を極力減らす工夫も必要です。


 
 
 

瞬間の音

もしかしたら、私がこれまで作ってきた音の中で皆さんが最も耳にされているのはエステーのCMの最後に流れる「ピヨピヨ!」という音かもしれません。このピヨピヨ音は2007年に社名変更されたタイミングでリニューアルされました。TVコマーシャルの最後の音(私はサウンドロゴと呼んでいます)の長さはたった0.5秒しかありません。この短い一瞬の中でその企業の理念やイメージをある意味「音の看板」として表現しなくてはいけません。当時このピヨピヨ音はまずは60個ほどのデモを作り、そこから10個程度に絞られ、最終的に1つが選ばれます。音の素材として野生の鳥の声はもちろん、電子音や楽器音でも制作しましたが、最終的にはそれらをうまくブレンドして仕上げていきます。2009年に約1年間だけ採用された「SONY」のサウンドロゴは大変なプレッシャーの中20個ほどの試作の中から音の動きが比較的大きい2つが採用されました。2012年から採用された「SHARP」のサウンドロゴは多くの試作の中から最もシンプルな音が選ばれました。一方でCM音楽も「15秒」や「30秒」といった時間的な制約の中で映像をナレーションを最大限に活かす音楽を作らなくてはいけません。しかしながらこうした制約が自分自身でも予想もしなかったアイディアが生まれる事も多々あり、テレビ、ラジオ、WEBなど媒体に限らず「広告」のための音作りは今後も探求し続けたい分野のひとつです。


 

matohu 2013-14 A/W Collection

 

身体性

当たり前のようでいて忘れがちなことですが、音楽や音は身体性を持っています。例えば何か音が鳴るものをたたく、楽器を演奏する、声を出して歌う。本来はそれだけでも成立するのです。この世界には数多くの作曲法や演奏法、もしくは自分でプログラミング出来るアプリケーションやデバイスが存在していますが、自分の肉体を使って音を奏でる行為そのものに音楽の魅力の全てが詰まっていると言っても過言ではありません。私にとってプロとしてのキャリアのスタートとなった舞台やバレエはその大切さを教えてくれた分野でしたし、例えばファッションショーなどは本番直前までプランや進行が変更される厳しい現場です。映画やドラマもそうです。つい数時間前に作ったものがボツになり、楽曲の内容や長さをバッサリと変更しなくてはいけない。更にはその作業を数時間あるいは数分後に完了しなくていけない、といった事も日常茶飯事です。こうなってくると楽曲に対する自分の愛着云々以前に現場のスピード感にきちんとついていけるかどうか、身体的体力は勿論、精神面での体力も重要です。いわゆる根気と呼ばれるものですが、同時に柔軟性も必要です。このような時にも現在自分が道具としている楽器や機器をどれだけ自分自身の身体と結びつけられるかが大変重要であり、それらの集積が所謂「独自性」や「個性」を生む事にも関連してきます。そしていつでもどのようなニーズにも対応出来る準備と訓練を常にしておく必要があります。