ここは畑中正人が自身の音楽観を展開していくコーナーです。


第13回:音のゼロ地点

                                 畑中正人

音がゼロになる、というのは概念上。
実際には本当の「無音」つまりは音がゼロになるという事はほとんど不可能に近い。

東京に住み始めた頃、なんて音のうるさいところだなんて思っていたが、
ひと気のない山奥で眠っていても、全く音がないなんて事はなかった。

いつも音楽と向き合う上で重要視しているのは、音の気配だ。
それは、楽器を弾く時だったり、録音の時だったり、ミックスダウンの時だったり、何気なく
スピーカーで音を聴く時だったりする。

音で空間を上書きするよりは、他のものもレイヤーのように残した上で音に触れている感じ。

「音に気がつく瞬間」を味わう方が、自分にとっては音楽的だ。

極端だけど、目の前にある鍵盤を押したはずなのに、50m先の奥の方で音が聞こえたりする
ような感覚は、体と楽器を密着させて得るエモーションや歌のバイブレーションとは異質だ。
どちらも必要だからこそ、無音という概念はつきまとう。


無音なんて音楽にならんよ、と思われるだろう。
でも楽譜にも休符はある。休符が音符を生かしている。
それだけでも、じゅうぶん音楽的だ。

                                      2006年5月14日







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