コラム第10回記念:雑談 畑中正人×中村コオタ
いつもまにか、このコラムも10回目を迎えました。ありがとうございます。
そこで今回はその記念としまして、畑中正人とは10年来の付合いであるミュージシャンで
riverのボーカリストである、中村コオタ氏とのチャットによる雑談集をお送りします!
ちなみに畑中氏とコオタ氏は専門学校時代に知り合い、2年間同じクラス。
また、当時は同じバンドで活動した事もありました。


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中村コオタ:プロフィール
東京で活動するバンドriverのボーカル、ギター担当。


1996年 バンド結成
1997年 カウンターアクションV.A「coler blind」に一曲参加
1999年2月 「POWER STOCK」 zepp札幌(ギターウルフ、ブラフマン、ハスキングビー、スラング等と共演)
1999年3月 「ミュージックジャパンオープンIN浜松」北海道代表として出演
1999年6月 カウンターアクションV.Aに一曲参加
2000年2月 1stマキシシングル「赤い朝食」発売
2001年3月  活動の拠点を東京に移す
2002年2月 2ndマキシシングル「冬の午後」発売
2002年10月 活動休止
2004年4月 メンバーチェンジを経て活動再開


chat 1.初期衝動

畑中:音楽を自分でやろうと思った初期衝動って憶えてる?

こおた:覚えてるよ。小学校の時にピアノやってて(半強制的に)

畑中:まじすか!?ピアノやってたの?

こおた:やってたよ!1年生から6年生まで!レッスンが土曜日の午後からだ ったの! でも、遊びたいからやめた!

畑中:ずいぶん長い間やってたね。いまでも弾ける?

こおた:いや・・・弾けないなぁ・・・なんちゃって程度なら弾けるよ。

畑中:いや、でもすごい意外。付合い長いつもりでいたけど。

こおた:言ってたと思ったけどな。でも、また弾きたいって思ってる!

畑中:これまた意外にも俺はギターが最初の出会いなのさ。父自作のガットギ ターね。

こおた:いいねぇ!俺ん家は 母親がお琴!さすがにやらなかった(笑)

畑中:すごいな!じゃ、小さいころから音楽やる環境はほぼ整っていたのね。

こおた: うん、ピアノの先生が親戚だったからねぇ。でも6年生で一回音楽 からは離れたけど!遊びたくって!

畑中: そら遊びたいわな〜。そうそう母親で思い出したけど、こないだ実家 に帰った時に昔のアルバム見てみたら、
母親がオルガン弾いててさ、それを俺 が見つめてる写真があったのさ。 だから結局なにかしらきっかけってあるんだ。

こおた:それで鍵盤に走ったのかな?

畑中:直接かどうかわかんないけど、音楽の授業は小学生の頃から好きだった。
譜面の読み方も教えてもらったからさ、母親に。

こおた:そうなんだ。俺は全然出来なかった。譜面は読めたけど。笛がふけな かった!
がーん・・・高い音がなかなか出せなくてさ。爪で抑えるやつ!

畑中:うそ!おれは大得意だった。でも笛できてもあんまり役に立ってない。

こおた:でも笛とかバイオリンとか単音系の楽器って生でもいい音するのが 多いよね。

畑中:そうそう。

こおた: 安くてもさ、オカリナとか。

畑中:持ってた。

こおた: オカリナ?

畑中:そうオカリナ。

こおた:オカリナ?小泉今日子が曲の途中で吹いていたのを観て、欲しかった!。

畑中:なんでよ。

こおた:キョンキョン可愛いじゃん! 

畑中:わかるけど。 って話しの主旨かわってるから。

こおた:変わってる。

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